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2017年02月17日のつぶやき
07:13
レビ記5章 https://t.co/MWRNE5np4V #jugem_blog
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レビ記5章

※まず、レビ記5章全体を一回以上読んでから、みことばメールを味わってください。

「…こうして、祭司が彼のために、すなわち彼が知らないで、しかもあやまって犯した過失のために、あがないをするならば、彼はゆるされるであろう。」レビ記5:18

永遠の大祭司であるイエス・キリストが自分のために贖いを完成してくださったことを信じるならば、どんな罪でも例外なく赦されます。主の十字架において、取り扱われなかった罪はないのです。この永遠の赦しを受け取って魂が救われた者は、神様からの赦しと回復をいただいているので、罪を見ないふりをして自分を守ることや自分では断ち切れなかった罪の鎖から解放されています。もう赦されていないかのような歩みをやめましょう。日々赦された喜びと自由を感謝して、自分に非があるならば素直に認め、人を赦す生き方に変えられていきますように。聖霊の助けによってそれは可能です。FK

* 07:12 * comments(0) * - *
2017年02月16日のつぶやき
07:20
レビ記4章 https://t.co/STburUYRQa #jugem_blog
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レビ記4章

※まず、レビ記4章全体を一回以上読んでから、みことばメールを味わってください。

「その子牛を会見の幕屋の入口に連れてきて主の前に至り、その子牛の頭に手を置き、その子牛を主の前で、ほふらなければならない。」レビ記4:4

4章には罪を犯した時に捧げる贖罪の捧げものについて書かれています。祭司も一般の人も、またイスラエルの共同体全体でも、犯した罪に気づいた時にはいけにえを捧げ、神の赦しを得なければなりませんでした。私たち人間には罪の性質があります。気づかずに犯している罪は山のようにあって、たくさんの祭司が毎日贖罪の儀式を繰り返しても、贖いきれないでしょう。しかしイエス様が十字架の上で捧げた命は、全ての人の罪の完全な贖いです。もう罪の赦しのためにいけにえを捧げる必要も、後ろめたさの闇に飲み込まれる必要もありません。自分の罪に気づいたならば豊かに赦してくださる神の前に告白しましょう。完全な罪の赦しをいただいて、新しく歩むことができます。FK

* 07:20 * comments(0) * - *
2017年02月15日のつぶやき
07:25
レビ記3章 https://t.co/pfNUwMTqk8 #jugem_blog
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レビ記3章

まず、レビ記3章全体を一回以上読んでから、みことばメールを味わってください。

「祭司はこれを祭壇の上で焼かなければならない。これは火祭としてささげる食物であって、香ばしいかおりである。脂肪はみな主に帰すべきものである。」レビ記3:16

これは罪の赦しのためのささげもののあとに行われる、酬恩祭(和解のささげもの)の規定です。脂肪(一番上等の部分)をすべて主に捧げるのは、神様に最高の価値を置くことを表しています。残りの肉は祭司と捧げた人の物になりました。酬恩祭によって人は神様との回復された交わりを楽しむことができたのです。これはイエス様が十字架の贖いによって、神と人との間に与えられた素晴らしい平和と交わりを象徴しています。この平和を受け取った私たちには、いつでも神様と共にあることの喜びがあり、最高の感謝を捧げて礼拝できるのです。神様こそ最高の讃美と礼拝を受けるべきお方です。FK

* 07:24 * comments(0) * - *
2017年02月14日のつぶやき
07:31
レビ記2章 https://t.co/McB0mQN2um #jugem_blog
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レビ記2章

まず、レビ記2章全体を一回以上読んでから、みことばメールを味わってください。

「あなたの素祭の供え物は、すべて塩をもって味をつけなければならない。あなたの素祭に、あなたの神の契約の塩を欠いてはならない。すべて、あなたの供え物は、塩を添えてささげなければならない。・・・あなたはそれに油を加え、その上に乳香を置かなければならない。これは素祭である。」レビ記2:13,15

これは穀物(人の労苦の実)の捧げ物についての規定です。何度も塩と油と乳香を必ず加えるようにという指示がありますが、油は聖霊、乳香は祈り、塩は神様から与えられる命と知恵を表しています。(これは神様との親しい関わりの中で与えられ育てられます。)ここでは人の働きや歩み方が神様に喜ばれるものであるために大切な事が示されています。イエス様の地上での歩みは徹底して、聖霊の油注ぎを受けて神のみこころを行い、人に仕える歩みでした。私たちの行動はどうでしょう?自分の価値基準や感情が支配していないでしょうか?神様との交流の中で愛と知恵をいただいて塩気を保ちつつ、仕える心で行動することを選びましょう。その歩みはたとえ地味であっても、神様に喜ばれる最高の捧げものです。FK

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2017年02月13日のつぶやき
09:21
レビ記1章 https://t.co/OkBLAb0VHn #jugem_blog
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レビ記1章

まずレビ記1章全体を一回以上読んでから、みことばメールを味わって下さい。

「・・・こうして祭司はそのすべてを祭壇の上で焼いて燔祭としなければならない。これは火祭であって、主にささげる香ばしいかおりである。」レビ記1:9

レビ記にはたくさんの儀式の規定を通して、罪人である人間が神様に受け入れられ、関係を回復されるためにするべき事が書かれています。イエス様は私たちの全ての罪を背負い、身代わりになって贖いを完全に成し遂げて下さいました。ですから私たちがレビ記を読む時、イエス様が私に何をして下さったか、そして救われた者がどう生きるべきかを受け取ることができます。1章には神様への献身を示す燔祭(焼きつくす捧げ物)について書かれています。イエス様はご自身を完全に父なる神に明け渡して捧げられました。それは父なる神と私たちへの愛ゆえです。私たちはどうでしょうか?時間やお金、自分の力や才能を少しでも多く自分のために取っておきたいと必死になっていないでしょうか?今日、少しでも多くのものを神様に捧げて、主に喜んで用いていただけますように。FK

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